『眠る虫』という景色

映画『眠る虫』横浜シネマリンで一週間限定公開🌟連日17:30-です🐛

 

『眠る虫』という映画をとってから、街で「あ!眠る虫だ!」と景色に反応してしまうことが増えました。「眠る虫」とは「落とし物が誰かに拾われてどこかに置かれている状態」のことを言います(い、言います…?)

 

映画の中で、登場人物が道路に落ちてる落とし物をしゃがんで拾って道のボラードにつけるシーンがあるんです。

 

街でそういう光景を見つけると、見知らぬ誰かの「わざわざ」にありがとうと言いたくなります。その人は落とし物を拾うために外へ出たのではなくて、何か他の目的があって歩いていて、それで落ちてるものに目がいってわざわざしゃがんでわざわざ置いてくれて。その場でありがとうが帰ってこなくてもそういうことをしてくれて。街にはやさしさが散逸してるなあと、優しくない社会で思うわけであります…

 

そういうふうに、日常に映画が顔を出す仕掛けを過去の自分はスタッフさんや役者さんのみんなと作ったんだなあと少し誇らしいです。

 

眠る虫を作っていた時期から約2年経って、もう過去だし、なんでこの台詞にしたの?と、距離が出てきたところもあるけど大切な映画には変わりないです。

 

どうして、人が死ぬことはとっても悲しくて「不幸」なことなのか、人間の視座からどうして飛べないのか。どうして生と死のあいだに深い線が引かれているのか。その線を溶かしてみたい。そういう想いも込めてつくってます。

 

眠っていた過去とか幽霊とかに出会える映画になってると思うので、よかったら見てください!

 

あなたに届くといいな!!!タグ付け!!!!

 

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バスケについて書いておきたい

「我、部活なり」時代の時はなーんも疑いがなかった。毎朝6時に起きて朝練に行くことも、公務員のおっさんが悪意のないパスミスにブチギレることも、その日会った試合相手に躊躇なく触れることも、生理の日にバファリンを飲んで部活に行くことも、一つ上の先輩に最初から感情を告げられてる「怒りミーティング」をされることも、それを真似っこして一つ下の後輩にクソデカ態度で「怒りミーティング」をすることも、受験に集中するために部活を辞めたいと言ってきた同級生を「みんな」で「引退までやろうよ?」なんて涙ながらに説得することにもなにも、なにも疑いがなかった。こわいことだ。でもその、自分に疑いがなかったわたしを包んでいた無垢で無知な時間たちとはもう会うことはないんだろうなということはわかる。

 

契約でもしてたみたいに、引退したらバスケとの縁がぷつりと切れた。(それでなんの反射か反応かわからんが映画を撮りはじめた) ある時期から町屋良平にハマって、ふつふつと身体を動かしたくはなっていて、その理由をずっと無意識に探していたのかもしれない。6月くらいだったか、いつも通り美容師とコミュニケーションがとれなくて髪の毛をすかれまくってしまい、いつも以上に失敗した。鏡を見て思った。

バスケ部じゃん。

辛かった。鏡を見るたびに辛かった。自分を鼓舞するために化粧したって、化粧がんばったバスケ部になるだけだった。この髪型を許すためにバスケをやろうってなった。その日の夜、わたしは「社会人 バスケサークル」と検索し、バイトの休みと練習日がかぶるサークルに応募した。自分は自分の思考の展開にたまに驚かされるが、こういうときに自分は自分と一緒にいて楽しいとおもう。

バスケ当日、バッシュを持っていなかったので業務用スーパーで千円以下の靴を買った。バスケとの再会を甘く見ていた。どうせ、一回やったら満足するだろう、だからこの靴も明日にはバイト用の靴にでもしてしまえば良いと。 

体育館。摩擦音が聞こえ、耳が匂いを思い出す。知らん人らがバスケをしている。わたしは隅っこで入念に柔軟をした。皮膚に冷たい床が張り付き、そういうことが嬉しい。

「集まってください」って知らん人が声をかけて体育館の中心で円になる。

「今日も新しい人3人くらいいまーす。ま、自己紹介とかはゲームの時にでもしてください。それじゃ、スリーメンから」

知らん人らが散る。わたしはそれについていく。スリーメン。え?おお…普通に練習するのか。ボール、まだ触らてないんだが。不安。

「いーち、にー、さーん」

スリーメンが始まった。「はじめて?見てればわかるよ」って知らん人が話しかけてくれる。明らかに高校生だなとおもいつつ、「ありがとうございます」と言ってみる。はやい。はやい。はやい。もうわたしの番。

ボールの感触。ゴムの匂い。走ってる人にはボール二つ分まえにパスを出す。ノールックパスとかできてたな。ノールックパス?なにそれ?高度すぎるだろ。必死に目の前の知らん人に話したこともない人にボールを投げる。で、ミスをした。

「丁寧に〜」

って声が投げられてきてマジか。と思う。丁寧が入り込む余地ないので許してほしいとあわあわする。

そのあとはレイアップ。身体に堆積していた記憶の目が覚める。右、左、置いてくる。それができる。身体がレイアップを覚えている。レイアップシュートが決まる。きもちいい。

 

ゲームが始まる。ナンバリングの手触り。手触りの思い出。たのしい。わたしはディフェンスが好きだ。ボールがマークマンから離れてるとき、マークマンから距離をとりカバー体勢をつくったりパスがマークマンに行ったらすぐさま張り付いたりするのが楽しい。それにシュートが2本くらい決まった。きもちいい。結局、このバスケサークルの人らとはバスケ以外のコミュニケーションはとらなかったけど、とてもたのしかった。首にタオルをかけてチャリを走らせる。汗が冷えて極上の風がふれてくる。バスケ、たのしかったな。そうして素直に「上手くなりたい」とおもった。上手くなったら、もっときもちいだろう。

 

我部活なり時代のわたしは東峰旭で精神的にのびのびプレーすることが苦手だった。コーチの罵声が、ライバルの存在が、努力という呪縛が、わたしを硬く小さくしていった。当時のわたしはバスケが「好き」だったのだろうか。システムが作り上げた使命感で毎日ボールを触っていた。遊びとは程遠かった。

いま、はじめて純にバスケと向き合える感じがする。上手くなれば、ボールと戯れることができるかもしれない。ひさしぶり、バスケットボール。はじめまして、バスケットボール。いまにみてて。6年間の刹那に応えてやる。全国に行ってやる。めいいっぱいコートを走ってやる。例のサークルにはもう行ってないが、Twitterでバスケバスケ騒いでいたら友達が誘ってくれたりしてあれから何度もバスケをしている。

 

コートの中は日常から途絶され、通知音も聞こえない。雑念はコート外でいい子に体育座りをしている。いつも、ずっと考えていることってなんだっけ。朝なにで泣いてたんだっけ。忘れることはしていない。ただ、ボールをみて、ボールを追って、マークマンを追って、カットを狙って、シュートを狙って、中外中外、動きを必死に追って、走って、走って、疲れているだけ。バスケ上手くなりたい。

 

眠る虫 京都上映!

金子は東京で生まれ育ちました。

高校の修学旅行で人生ではじめて京都に行き、6人班の自由行動で吉田寮に行きました。学生運動の残り香に胸を打たれ、京都で学生時代を過ごしたい!ってなって、京大は無理だから私大を受け受かり上洛しました。

ふらふらしていた二年の休学期間がありましたが、なんだかんだ京都在住6年目になりました。大好きな街。京都に来てなかったら映画を撮ってなかったと思います。東京の大学に進学したパラレルの私はとても楽しそうな毎日を過ごしているけど、でも、京都で過ごしてよかった。マジでよかった。

 

京都の魅力、それは、鴨川。そうです。鴨川です。

京都の時間の下層部に大河のように流れる鴨川の時間。その上を喫茶憩や村屋や上海バンドやファミリーマート立命館大学やゆすらごやネガポジや今は亡き桜湯・・・の時間が流れている感じがあります。例えば部屋で何かにキレてる時も「チャリ20分漕げば鴨川に会える」と思うと、なんだか伸び伸びキレることができる。
鴨川では人間と動物の境があんまりありません。鴨が「コンビニ行くけどなんかいるもんある?」と陸のほうにのそのそ歩いてきたり、人間が思考を天日干ししていたり、特等席の岩に佇み遠くを馳せるいつものアオサギがいたりします。

鴨川はとにかくヤバイです。

そんなヤバイ川から少し歩けば出町座という映画館があります。

 

出町座。大好きな場所。

出町座でたくさんの映画と出会いましたが、中でもアリーチェ・ロルヴァケル監督作『幸福なラザロ』を観た体験は私の心にずっと住んでます。

映画も素晴らしかったし、映画館を出た後放心状態で鴨川に行って、長いこと川を見ていました。純粋な善の居場所がこの社会にはない。そんな監督の諦念とそれを振り払おうとする腕力。映画の時間が鴨川と混ざり合って膨らんでいく。

 

『眠る虫』は鴨川のような映画にしたかったのかも。って今思いました。

眠る虫を観た後に鴨川に行くのが楽しみ。鴨川と眠る虫の併映。どんな呼応があるんだろうか。

 

10月9日から京都出町座で公開です!

10月9日(金)19:45回、金子由里奈の舞台挨拶があります。

16日(金)19:10回では大好きな小説家、いしいしんじさんと金子由里奈のアフタートークがあります。楽しみです。

いしいさんは、眠る虫に素敵なコメントを寄せてくださっています。

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大好きな京都の街に住む皆様、鴨川の時間の上に暮らす皆様と共有したい時間があります。

『眠る虫』、どうか観に来てください。

demachiza.com

 

 

日記 2018/11/10

早起きしようと思ったけれど、無理だった。なくしスケジュール帳は3日前に行った渋谷の呑み屋にあった。中身を見られてる気がして、ちゃんと化粧をして取りに行った。それはこの日の夕方くらいの話。

小田急多摩センターのハリウッド大学で行われていたニュータウンにdodoの握手会目的で行った。dodoかなりかわいらしいひとだった。人差し指にはめてる指輪に違和感があった。それもまたよかった。

兄の芝居はついたときに終わっていた。コンプソンズは終わりましたか?と聞いたら、受付の男性に終わっちゃいましたね、この後も面白いのでみてくださいと、なんかキレてる?みたいに言われた。

芸術は才能じゃなくて技術だ!と叫んでいるひとがいた。みんなスマホ見ながら芝居してたのが面白かった。

文化祭を1人で回ってた時のあの感じを思い出してた。

角を曲がったら、大学の同級生がいて、右を見たらつい最近知り合いになった映画監督がいた。びっくり!出逢う点みたいなのが、振っている感じがした。

百均のイヤフォンでゆら帝久々に聴いたら、なんかすごいな。もはもは

そのあとは柴田聡子のライブを見た。イ・ランは凛としててかっこいいな。あんな女性になりたかったよ。

映画を見た。二ノ宮隆太郎監督『お嬢ちゃん』

バチクソおもろかった。

波、境界線の音がずっと聴こえているその街で、一寸先の暴力や死を孕んだなんでもない会話を繰り広げる街の住人や、美人な容姿に揺らぐみのり、そんなひとびとを私たちはただじっと、怯えるように観察する。歩いているだけなのに、煙草を吸っているだけなのに、主人公の内奥の静かな怒りがずっと聴こえてるようで、それだけで胸が痛い。親が違ったら、いじめっ子だったら、ほんとひょんな事であの人だったかもしれない。冒頭、浜辺で幸せそうに家族を見守る水色の水着の女性その対比で主人公みのりは、多くを抱えた背中を水色の水着の女性と、同じ画角で私たちに見せつける。わからない、こうなっていたかもしれない。

すみません。

なんでもないけど、馬鹿らしいけど、クソしてらだけなんですけど、だけなんですよね笑

徐々に整理します。

 

夜行バスに乗って朝京都についた。

今から清掃バイト。環境を変えるのが趣味

本を一日一冊読む

違うように

違うように笑ってるけれど

みんな笑う

 

ポエマーがそんなことを言っていた気がする。

 

本物の同感なんて一生来ない

みんなみじゅくなどうかんしゃ (のりしろゆうすけ)

 

タクシーに乗るなんて絶対やめたほうがいいのに、マッサージ行く感覚で乗ってしまう。

あれ?

あれれ。

またわけがわからない、知らない朝があって、

今日もなんとなく生きていかないと。

お願い

タクシーの運転手

話しかけないで

 

寝たいわけでもない、ぼーっとしたいわけでもない、携帯をいじりたいわけでもない、なにもしたくないわけでもない、罪悪感や後悔だけはもう、死んでほしい

 

誠実に生きれば、恥ずかしいことも起きないし、死にたくもならない。

産まれてからずっと骨休め 

走る時も骨休め

 

わだかまりなくなったら、気持ち良いだけだったら、私は何か歌を歌ったりするのだろうか。それは、いきものがかり、みたいな歌を?

 

そんな歌に魅力を感じないのはわだかまる私でわだかまるあなたが好きだからか

 

違うようにまた、笑ってる

ツルツルのおてて

未完成の状態が一番可愛い。嫌になるってわかっているのに、これは呪いなのか。未完成の怨念が入ったリュックサックが重たいよ。心臓の耐荷重を超えている。私は一生楽しくなんかなれないんだっていうの知っているよ。楽しいとかもう、中休みにみんな置いてきていると思いますがね。

 

会話ができない。

歌は淀みなくあなたと喋れる唯一の手段。考えていることは普通。

メロディも使い回し。別に・でも・なんか・ネガティブな言葉が前を歩くけど、私なんかとは思いません。そうゆう言葉を抱えている私でも世界を起こすために生きているんだと思いたいし、確信している。

「かねこはやっぱりうつくしさをしってるなぁ。みんながみられないうつくしさしってる!」

大事な友達に言われた言葉。お守りにして、皮膚に縫い付けた。

たくさん言葉を貰っているのに、通りすがりの他人の反応をいつまでも求めてしまうのはなんでだろう。一番に信頼できるからかな。

 

dodoの歌をなんども聴いてしまう。dodoにとって私は通りすがりの赤の他人。明日川崎でツルツルおてての握手会をやるらしい。。。普通に会ってみたい。。

朝早く起きれたら、その前によるお風呂に入れた行こう。

 

www.youtube.com

 

11月3日に会った初対面の親友のブログをずっと読んでた。数年前のも残っていて羨ましかった。私は書いてもすぐ消してしまうから。通りすがりの他人に、読んでもらうために毎日書いてみようかな。

 

アマゾン午前指定でヤマシタトモコ先生の『違国日記』三巻を頼んでいたんだけれど、12時過ぎても一向にこない。発作を起こしてヤマトに電話。すごく申し訳なさそうに電話越しのお姉さん。すみません。ひとりひとりにもれなく絶対的な優しさを持ちたい。

結局夕方過ぎにヤマトは来た。ずっと部屋にいた。雨がまぁ降っていたことドアを開けて知った。ヤマトで働いていた大学二年生の時、汚い金髪で、駒井さんの横乗りでタバコを吸える時が一番楽しかったな。そうゆうのの同一直線上に今の私のタイピングのリズムがあるんやね。これ、ずっと続くの???

 

読んだよ。

美しいな。

ノートに書いた本音をかき消してできた長い黒い線の横に小さく「うなぎ」と書いて、なかったことにしてしまいたくなる。朝自身も気づいていない、悲しみがコップから溢れて、泣き出してしまうとき、それを受け止める(受け止めきれない)まきおちゃんの飾らない態度こそ優しさなんだよありがとう

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